スーパーいわちゃんねる!

人類総岩崎化を目論む岩崎が、全国19万人の岩崎さんと1億人ちょいの岩崎さんじゃない人に向けて更新中。世界よ、これが岩崎だ。

やっぱりテレビはあった方がいいよ

 上京して1年。ようやく自宅にテレビを設置した。Amazonで安くなっていた機種を迷わず購入。予約機能がついているのできちんと設定すればニチアサを見逃すことがないし、用事が済んだら電源をオフにしておけばいい。YoutubeやAmazon Primeビデオなどを大画面で見たい時はパソコンにHDMIケーブルを接続しているが、音声出力がパソコンからなので音質がイマイチ。将来的にはFire TV Stickを取り付けたいところ。

  テレビ代わりにしていたウィルコムのワンセグ付きスマホが壊れてからずっとテレビを見られなかった。ネットニュースとYoutubeなどの動画配信サイトである程度事足りてはいたが、やはりテレビはあった方がいいと実感した。

 まず、テレビメディアはTwitterと相性がいい。視聴者が番組を見ながらハッシュタグで実況していることがあるので、空間・場所の壁を超えて知らない人とリアルタイムで感想を語り合って盛り上がれるのは醍醐味である。イメージは「ちょっとアナログなニコニコ動画」という感じ。ニコ動は動画の画面に直接コメントが表示されるが、Twitter実況はハッシュタグのタイムラインに出る。スマホやパソコンとテレビ画面を交互に見なければならないデメリットはあるが、例えばCM中にタイムラインを追いかけて各々の感想を眺めたり、終わってからフィードバック目的で見返したりすると結構楽しい。

 ↑こんな感じ。

 また、ニュース速報が出た時に内容を即座に把握するには、やはり文字メディアより動画メディアの方が強い。文字は読まなければいけない=視覚のみの情報取得でそれなりに時間がかかる。対する動画メディアは視覚・聴覚のダブルパンチで一瞬で内容を理解できる。

 インターネットの動画配信サイトは悪くはないが、速報という観点で見るとWebの場合はそのサイトを開いているか視聴アプリをダウンロードしていないと入ってこない。しかしテレビは「番組の途中ですが……」と言って、内容を問答無用で入れてくる。うざく感じることもあるが、速報はそれだけ緊急・重要性の高い話題が入ってくる(はずな)ので、むしろそれくらいでちょうど良いだろう。ただ、テレビもスイッチをオンにしていないと速報は見られないので、現代社会においてはWeb・テレビのどちらも必要だろうし、どっちもあって良いと思う。

 個人的には、バラエティ番組に関しては動画配信サイトの動画投稿者の作品よりテレビ番組の方が「視聴者が面白いと思えるような作り方をしている」と思う。先日久しぶりにバラエティ番組を見たが、質の良い番組はやはり面白いし、あれだけの企画力や番組を面白く編集するための技術・技法は素人では真似できないだろう。テレビ制作サイドがプロとして今日まで培ってきたものは、ポッと出のYoutuberや動画配信者が一朝一夕で実現できるものではない。

 紙・文字媒体出身の私が何言ってるんだ……という話だが、テレビ関係者を尊敬しているのは事実である。Webメディアの台頭で苦境に立たされている部分が多々あるかと思うが、何とか踏ん張ってほしいと願っている。

いじめたりいじめられたりで、同窓会に来なかった同級生たち

 母曰く「同窓会に出てこられるのは、それだけ元気で体力があるヤツ」とのこと。

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  先日の中学校の同窓会で会えなかった友人を思い出す。いじめられていて不登校になった同級生。これは仕方がない。恐らくその人は自分をいじめてきたヤツの憎い顔しか覚えてないだろうし、助けてくれなかったその他大勢は覚えていないだろう。だれが自分をいじめてたヤツにわざわざ会いに同窓会来るかよ、って話。

 じゃあ、その同級生をいじめてた連中が同窓会に来ていたかと言うとそうでもない。というか、その人をいじめていたヤツは誰もあの場にいなかった。全員都合がつかなかった、あるいは「○○がいかないなら私もやめる〜」と、休み時間の連れションのノリで来なかっただけかも知れないが、個人的には心外だった。

 思い返せば、いじめっ子たちは自分より「弱い」人物を貶すことで自己承認欲求や自尊心を満たしていたのかも知れない。逆に「そういう行動を起こしてしまうような問題が、いじめっ子たちの中にもあった」ということが言えるのではないだろうか。それは家庭環境が原因かも知れないし、本人の問題かも知れない。そして自分たちがそのような問題を抱えているという自覚は無かっただろう。

 よく「いじめはいじめられる人にも原因がある」という話がある。いじめられていた同級生は家庭環境に難があり、学業も成績が良い方ではなかった。見方によっては「弱者」である。

 だが、いじめっ子たちが優等生だったかというとそうでもなかった。成績がすこぶる良いわけではなかったし、スポーツ万能というわけでもない。あまり親しくなかったので家庭環境に関しては詳しく知らない。ただ、ウチの母はPTAや保護者会に行くと必ず「○○ちゃんのお母さんがいて〜」と報告してくれるのだが、その中にいじめっ子の親は上がってこなかった気がする。この情報だけではいじめっ子たちの家庭環境に難があったとは断定できないが、可能性として「いじめっ子は運よくいじめることができる側に行けたが、きっかけがあれば立場が逆転していたかも知れない」ということが挙げられるのではないだろうか。

 いじめられっ子もいじめっ子も、みんな今ごろどこで何をしているのだろうか。元気でいてくれてるといいんだけど。

 

遺書を書こう!

 ※この記事の内容は個人的に死にたくなった時に実践してるやり方です。遺書書いて自死を推奨している意図は全くないことをご理解くださいませ。

 

 物騒なタイトルだが、内容は至ってポジティブ(?)なのでご安心を。

 人間、死にたくなるくらいショックな出来事があった時は素直に「死にたい」と思って良い!と、個人的に考えている。自分に襲い来る無気力感や喪失感には抗えない。抗ったって無駄だ、だって死にたくなってるんだもん。精神衛生状態が悪化の一途を辿るだけ。

 こういう気分の時は、誰かと会話することはオススメしない。なぜならあなたの周りにいる人は大体優しいから「死にたい」って言っても「はいそうですか、じゃあさようなら」とは言ってくれない。1度は止めようとしてくれるはずだ。だがそれは小さな親切・大きなお世話になり得る。こっちの死にたいやる気(?)を削ごうとしないでほしいところ。

 ここでぜひともやっていただきたいのが「遺書を書くこと」。手書きで。ペンと紙はそんなにこだわらなくていい。なんだったら景品でもらったボールペンとチラシの裏紙でもいい。むしろそっちの方が「追い詰められてる感」を演出できてプラスになるかも知れない。

 手書きで遺書を書くメリットは「ゆっくり文章ができあがっていく」、要するに完成までに時間がかかるということだ。手書きのラブレターは完成が待ち遠しいが、手書きの遺書はできれば完成してほしくないし使う出番も一生来てほしくない部類の物である。遺書をスラスラ書ける人なんているのか?遺書のプロライターなんて聞いたことがない。全員アマチュア以下でいい。

 遺書は自分の頭でじっくり考えながら完成させていく書物である。文章を考えているうちに段々と自分が客観視できてくるはずだ。そうすると「なんであんなクソのせいで自分死にそうになってるんだろう」「家族にまだ何も恩を返せてない」などなど、いろんなことに気付けるだろう。気付けたら、次のステップが見えてくるはずだ。そして「死んでる場合じゃねぇ!」って、飛び上がる。復活の時は来た。

 遺書は完成させてもいいし、未完のままでいい。捨てるもよし、保存してたまに見返してもよし。大事なのは「死にたいと思った自分を自分で受け止めてあげる」こと。それは決して悪いことではない。肯定して、寄り添うことができれば、心のセルフケアができると思う。

 自分の気持ちを大切に。それが明日も生きていくために欠かせないことじゃないかな。

ブルーインパルスを見なかった理由(言い訳)

 5月29日、東京の空を航空自衛隊松島基地(宮城県東松島市)に所属するアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」が駆け抜けた。医療従事者を労う意図で行われた展示飛行だったそうで、今回は埼玉県の入間基地から午後12時40分頃に出発。予定していたルートを20分かけて2周してから松島基地に帰ったそうだ。その勇姿に都内は大盛り上がりで、飛行の様子を撮影した写真・動画がSNSで次々とアップされた。

 正直、こんなに盛り上がるとは思わなかった。

 というのも、仙台にいた頃はよくニュースでブルーインパルス(というか松島基地)の話題が取り上げられていたので、目に触れる機会が結構あった。特に展示飛行が見られる「松島基地航空祭」があるときは、在仙メディアのどこかが必ず取材に行ってたし。以上から、ブルーインパルスは特別だが身近な存在……という認識だったので「仕事をちょっと抜けて見に行こう!写真撮ろう!」とは思わなかった。

 この判断を下したことを若干後悔している。普段のブルーインパルスは松島基地周辺、すなわち東松島の高層建築物ゼロなだだっ広い空をたっぷり使ってパフォーマンスする。

 対して今回のフィールドは東京の都心部。高層ビルが立ち並ぶ中を、戦闘機が飛行機雲を描きながら通り抜ける……という、貴重な画が見られる(=撮れる)機会であった。レアリティについて言及すれば、先日の天皇皇后両陛下の即位祝賀パレードに準ずるレベルではないだろうか。

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 今回の展示飛行は、各々がそれぞれの場所で撮影しているので作品の表情がバラエティに富んでいる。SNSの投稿を眺めて、上手い下手関係なくシンプルに「面白い」と思った。そこがちょっと悔しい。「じゃあ、仮に私が撮りに行ってたらどうなったか?上手く撮れていたか?」という話は別問題だが。

 「慣れ親しんでいる存在だから」と言って甘く見てはいけない。そして、改めて宮城と東京は「違う」ということを思い知らされ、猛省した次第。

空飛ぶ広報室 (幻冬舎文庫)

空飛ぶ広報室 (幻冬舎文庫)

  • 作者:有川 浩
  • 発売日: 2016/04/12
  • メディア: 文庫
 

アオハルかよ

 今年の正月に中学校の三十路到達記念同窓会が開かれたが、続いて高校の同窓会(クラス会)のお誘いが来たことは以前記したはず。

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 あれからどうなったかというと、卒業してから初めて作られたであろうクラスのLINEグループに追加してもらった。(※学生時代、携帯は普及してたけどLINEはまだ開発されていなかった。……はいそこのティーンズ!!「それなら昔の人はどうやって連絡取り合ってたの?」とポカンとしない!!)

 私が通っていた高校のクラスは、一言で表すとハジケリストの集合体」だった。普段「個性的だね、変わってるね」と言われる私が霞むレベルの濃厚キャラクターたちが、奇跡的に共に同じ学問を学んでいた。それぞれに強烈なエピソードがあり、思い出したらキリがない……そんなメンバーである。

 この同窓会はお盆の帰省シーズンに開催予定だったが、その前に新型コロナウイルス騒動が起きた。先が見通せない中「幹事たちはこの状況見ても開く気なんだろうか?」と気になったので、グループに「開催可否はいつ頃判断するの?」と投げかけてみた。

 正直、このアクションには不安があった。投げかける前に「コロナが不安で飲み会断ったら『じゃあお前だけ来なけりゃいいじゃんwww』と言われた大学生のツイート」をTwitterで見かけたからだ。そして私は、当時も今も決してクラスの中心にいるわけではない。陰キャではないが陽キャでもなく、カーストの中でフワッとしたポジションの私が発言して何か変わるのだろうか……と。

 

 1人目が反応してくれた。「いつ頃が妥当なんだろうね?」

 すると2人目が「夏ごろになっても状況は厳しいんじゃないかな……」と。個人的には意外な人物からの回答だった。

 3人目。元から優しい人物だったが、家族ができてさらに他人への思いやりが深まった様子。「無理にスケジュール進めないで、落ち着いたらみんなでゆっくり会おうよ!」

 4人目は数少ないクール系。「それがいいと思う〜

 そんな感じでポツポツと返信があったところで、幹事役が「それじゃあ夏は見送って、年末年始を目指してリスケってことでOK?」と意思確認をした。すると、次々と「OK!」のスタンプがタイムラインに流れてきた。「全員元気で会おうね!」と呼びかけあいながら。

 みんな、大人になっていた。その事実を知ることができただけで感慨深い。日程は変更せざるを得なくなったが、会えなくても彼らと同級生であることを誇りに思えた。そして、歳を取っても離れていても、私たちはいつでも青春していた頃の自分たちに戻れるんだと確信した。

ミッション:実家にマスクを送れ

 事件はいつものスーパーで起きた。

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 マスクが箱で売られていた。売り場の棚はすっからかんだったが、その下に(まるで見つからないように)置かれたダンボールの中に値札が付いて置かれていた。売られている現場を見つけられたのは2ヶ月ぶりである。高ぶる気持ちを抑えつつカゴに入れ、レジで会計を済ませて何事もなかったかのように店を出た。帰宅中はずっと「マスクを求めるマスクゾンビに後ろから襲われるんじゃないか」と気が気でなかった。

 無事に帰宅できたところで一安心。そういえば実家のマスクは足りているだろうか。連絡したところ、送った方が良さそうだと判断。郵送で半分送る事にした。

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 梱包が終わったところで心配事が。「普通に送ったら、手癖の悪い郵便配達の人にマスクを抜き取られるんじゃないか」と。もちろん、日ごろ死ぬほど世話になっている日本郵便にそんな職員がいないことを信じたい。信じたい……が、このご時世だ。どうしても疑心暗鬼になってしまう。追跡記録が残せ、手軽で(郵便局に行く手間がなくて)、なるべく安い発送方法はないものか……。

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 会社でよく使ってるやつがあるやん。

 盲点、「レターパックプラス」。1枚520円。コンビニで買え、追跡記録が残せ、ポストに投函するだけの超便利アイテム。より安い青色のものもあるが、赤色は速達扱い&対面受け取りになるそうなので速く確実に送りたい場合はこちらがベターだろう。レターパックを発明した日本郵便の担当者にラーメンおごりたい。三密を避けておごりたい。

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 というわけで早速あて名を書いて、マスクを入れてポストにイン。但し書きのところに「マスク」と記したら先述のことが起きそうな気がしたので「書類・雑貨」ということにした。間違ってはいないはずだ。

 2日後に家族から「マスク届いたよ〜」と連絡があった。無事に送ることに成功できたので、この度ブログを更新した次第。

春から都内をエンジョイする予定だった

 9日で上京してちょうど1周年。盛大にパーっと祝いたかったが、コロナウイルスの影響でそうもいかない。飲食店はシャッターおろしているところが多いし、やっていても短縮営業でいい感じの時間帯に閉店ガラガラしているところもある。私自身も都内の移動・外出を自粛&勤め先も在宅勤務を推奨しているため、記念すべきアニバーサリーの日はテレワークで1日が終わった。これがゴールデンウィーク明けまで続くかと思うと気が滅入る。

 去年の今ごろはバッタバタだった。夜行バスに乗って早朝に池袋に到着。不動産屋で鍵をもらって家のドアを開け待機。引越し屋の荷物が到着し一息ついたところでカーテンを買い忘れたことに気づく。慌てて自転車乗ってスマホの地図アプリ片手に往復1時間かけて買いに行ったっけ。

 体力・精神・時間・金銭、あらゆる物事に細心の注意を払いながら「来年のこの時期になったら東京をもっと楽しもう」と思っていた。東京は桜の木が多いから、いろんなところで花見をしよう…と考えていた。いろんなツケを払い切れておらず、決して今も余裕があるわけではないが、来年になれば季節の移ろいを楽しむ心のゆとりくらいはできるだろう…と。その準備が整った頃にこんなことになっちゃったからたまったもんじゃない。

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 荒んだ心に、石神井川の桜の美しさが滲みる。練馬に住んでよかったと思った瞬間である。制限は多少あれど、今年は練馬を楽しみまくろうか。なんだかんだで練馬は広い。農場と牧場があるし、都市公園も多数ある。1年で遊び尽くせるだろうか…。さすが、23区随一の緑被率を誇っているだけのことはある。まだまだ足を運んでいないところはあるし、選択と過ごし方次第ではのんびりできそうだ。流行病を悲観的することなく、できることからちょっとずつエンジョイしていきたい所存。