スーパーいわちゃんねる!

人類総岩崎化を目論む平成元年生まれの岩崎が、全国19万人の岩崎さんと1億人ちょいの岩崎さんじゃない人に向けて更新中。

「空気」に関するかつてないほど雑多な見解

 「就活は企業とのお見合い。自分と結婚してくれるところが一社見つかればいい」とはよく言ったものだ。現代社会においてひとたび離婚=退職すれば「あの人は問題ある人物なのではないか?」とみなされること多々あり。人様の家庭事情=キャリアに首を突っ込んで重箱の隅を突くようにあーだこーだと批評するのは、多様性享受に向けて動いている世界的風潮に背くものであり、時代遅れでダサい。先進国とは思えない。だが、この日本という国(特に地方=田舎)では、そのダサい連中がまだまだ幅を利かせているようだ。実に厄介であるが、そういう「空気」が依然として滞留しているのだろう。

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

  • 作者:山本 七平
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 1983/10
  • メディア: 文庫
 

 30年以上前に山本七平『「空気」の研究』という本が出版されるくらい、俗にいう「空気」と日本人は深い関係にある。この本の内容が今でも十分に通用するから恐ろしい。それだけこの国の人間と「空気」は変わっていない。

 日本では、企業内において部下が上司に意見や相談事などをフラットに話しやすい雰囲気のことを「風通しが良い(職場)」と表現することがある。恐らく、この場合の「風通し」とは山本氏が指している「空気」の流れないしは軽さのことで、逆にそういう体制が整っていない企業は窓閉めっぱなしで息苦しい…ということになる。窓というものは内側からしか開けられず(外から簡単開けられたら防犯的な観点でヤバい)、外からどんなに働きかけたとしても結局は中にいる人間が開けなければ状況は変わらない。すなわち「空気」を変えたければ、窓を開けやすくなるよう社内の意識改革を進めるか、誰かに外から窓を叩き割ってもらえるのを待つしかない。

 窓の話が出てきたので蛇足。いつも窓閉めっぱなし=中の様子がわからない家や企業は、傍(はた)から見てなかなかに不気味である。近年はプライバシー保護や防犯の観点から閉めっぱなしにしているところも多いかと思うが、それでも人がそこにいて何かやっている「空気」はどことなく漏れ出るものである。もしもその空気感が伝わらないように常に配慮?努力?している家や企業があったとしたら、それはそれですごいと思うがやっぱり気味が悪い。わざと「空気」を漏らすことも大切ではないだろうか。

 「空気」を漏らすことを他で例えるなら…そう、パンチラ。あれは気になるあの子のスカートの奥からパンツがチラッと見えることで、初めて「あぁ、あの子はちゃんと履いているんだな」と安心できる。見えなければ履いているかどうかわからないし、確認できるまで不安で眠れない夜を過ごすことになるだろう。「じゃあ、もし確認して履いてなかったらどうすればいいのか?」って?そんなの知らん。