スーパーいわちゃんねる!

人類総岩崎化を目論む平成元年生まれの岩崎が、全国19万人の岩崎さんと1億人ちょいの岩崎さんじゃない人に向けて更新中。

新しい会社が色々とヤバすぎて、1週間で辞めた

 タイトルが全てを語っているが、新しい仕事を1週間で辞めて仙台に帰ってきた。

iwama03.hatenablog.jp

 今回はあんまりにもあんまりだったので、辞める経緯と理由について簡単に説明する。

退職理由

求人票の内容を全く守る気がない

 そもそも、この会社はハローワーク仙台の求人票の中から見つけた。その中の「第一赴任地:東北(=仙台の拠点)」という文言を信じて面接を受けた。ところがどっこい!入社してから確認したら赴任地が決まってないと。はぁ?

 そういえば面接の時に「必ずしも仙台だけとは確約できませんが…」と言っていたが、私はその言葉を聞いて「第二赴任地以降は、近場じゃないかもしれないけどいいですか?」と解釈していた。これが間違いだったらしい。

 役員陣に「仙台から荷物を全部持ってきているわけじゃないし、役所の手続きやアパートのこと、家族のこともあるんで一度は仙台に戻してほしいんですけど…」掛け合うが「社長が全部決めてるから、自分たちにはどうにもできないんだよね。ま、推薦はするけど期待しないでね(笑)」と。ロキとは相変わらず連絡が取れないので、住まいのことはすぐに話を進められない。マズい…。

社員の仲が良すぎて危機意識が低い

 前職でお局に悩まされた私にとって「こんな会社あるのか…」と驚くくらい、人間関係が良好だった。しかし、それが致命傷を招いていることも知った。

 前職と同業種のはずだが、提供しているサービスの質が圧倒的に低く、それに対する危機意識も低かった。飲食店に例えるなら、前職は全国展開しているチェーン店で、調理・接客マニュアルも整っており、一定の質の食材を仕入れてぼちぼちおいしいと料理を出しているところ。

 対して、今回の会社はなぜか潰れない街の超小規模個人経営店。マニュアルどころか料理人の腕も大した事ない。何よりも週に2〜3回ほど何かしらの異物が混入した料理を客に提供しているが、従業員らは対処するどころか「ま、こんなもんだよね〜。だって私たちチェーン店じゃないし、作り直せば常連さんも許してくれてるし(笑)」と言っている状況だ。常連さん!!叱れよ!!

 いわゆる「ぬるま湯」レベルの話ではない。かつての上司たちが教えてくれた技術と、自分の潜在・顕在能力を活かしたかったのに…ここにいたら能力の低下は避けられない。

 バカになるのは絶対に嫌だ!!!

全員が違う答えを教える

 ある人は私の作業を「ダメだ」と言い、別な人は「いいと思うよ」と言う。そしてさらに別な人は「特に決まりはないから自由にやって」と。

 業務内容の体系化ができていないからそうなるのだが、創業して日が浅いわけではないのにそれってマズくないか?ワンマン経営だろうと何だろうと、業務におけるルールの制定・徹底はきちんとやらないと、後から入ってきた社員が困るだけ。と言うか、実際に困ったし混乱した。

 答えがないと言う現状に、闇の中を延々さまよっているような感覚に襲われた。何となく鬱っぽくなり、帰宅するとなぜか布団に包まって泣くことが増えた。食欲も落ち、固形物は1日1食が限界になった。

諸々を鑑みて退職を決意

 以上3点が主な理由。1週間耐えたが、神経性の腹痛が連休を挟んでも治まらず、悪化の一途をたどる。「このままでは無理だ…」とメンタルが限界突破したのは連休明け。気が付いたら役員に「辞めます」と電話をしていた。

 後日、①求人票と話が違いすぎる(こちらの確認不足もあるが) ②指導がグダグダで自分にとって役不足(この場合の「役不足」は本来の「ナメてんじゃねーぞ」の意味、わからない人はググって) と言う趣旨のメールを総務経由で社長に提出したところ、あっさり「希望通りに手続きを進める」と言ってOKしてくれた。助かった…。

これからどうする

 まずは仙台に帰ってきたので、派遣やアルバイトで収入を得ながら仕事を探す。残念ながら仙台、と言うか東北全体で私の希望する業種・職種の求人が少なく、本気で目指すには首都圏に出るしかない現状だ。逆に、首都圏に出ればいくらでもある。今回の経験を通して、将来的には東京近郊に移住し、好きな仕事に就けるよう精進することも視野に入れられた。まずは仙台でできる精一杯をやり切ろう。と、考えている。

 ロキとは未だ連絡が取れていないが、そんな理由で一度きりの人生を棒に振りたくはない。私は私のやりたいことをやる。仕事も、ファッションも、勉強も、全部私が選んで決める。…って言うか、約束守らない上に音信不通になって、他人の人生をこれだけ振り回してる男ってヤバい奴?長い付き合いに免じて許すけどさ。