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人類総岩崎化を目論む平成元年生まれの岩崎が、全国19万人の岩崎さんと1億人ちょいの岩崎さんじゃない人に向けて更新中。

俺ら東京さ行ぐだ2019 ~ザギンの山はオリンピックに消えたのか?~

 前回までのあらすじ。昨年秋に突然雇い止めを食らった岩崎は、途中で同棲ルームシェアしたり髪切ったりピアスあけたりしながら、無事に転職し順風満帆…なはずだった。

 あらすじの詳細はこちらのカテゴリーの記事をご覧いただきたい。

平成30年・激動の3ヶ月の記録 カテゴリーの記事一覧 - スーパーいわちゃんねる!

 

 新しい職場は、通勤も社内の人間関係も申し分ないほどに恵まれていた…が、会社よりも業界そのものの体質が自分とあまり合わないことに気づいた。よくよく考えてみたら、前職の前につなぎでバイトをしていた例のビックリするくらい使えない営業がいる会社と同じ業界。その時は「この会社と自分が合わない」と思っていたが、業界そのものと自分がミスマッチしていることがわかった。

 それでも、以前のバイト先と現職場の働きやすさには雲泥の差があるし、絶対にこちらの方が居心地が良い。体質が合わなくても、お給料をいただくためなら多少の我慢は覚悟していたつもりだったが、時折前職のことを思い出しては「いつか、かつての業界に戻れたら戻りたい」と、ぼんやり考えていた。

 前職の本社のやり方や考え方、社員の扱い方は大嫌いだし、クビにされたことに対する未練もない。何かの間違いで「戻って来い」と言われても戻るつもりは毛頭無いが、仕事内容そのものは自分に合ってたし、何より東北の拠点の一員として毎日いろいろな人と出会い、学び、笑い合えたことが楽しかった。スラダンで言うところの「安西先生…!!バスケがしたいです…!!」って感じ。

 転職して2週間ほどしたある日。何気なくハローワークの求人情報を見たら、めったに見かけない前職と同じ業界業種の募集が出てるではないか。年齢、勤務地、就業時間すべてがパーフェクト。掲載から1カ月は経っていたが、問い合わせたところ「応募者0」。千載一遇のチャンスと見て、即ハロワから紹介状をもらって応募した。応募書類になぜか「大学の成績証明書」が含まれていたので、取りに行くのが若干手間だったが…。地元大を卒業してると、こういう時に便利だよね。

 先方担当者が、書類が届いたその日に連絡をくれたが「面接をするので(昨年の)12月25日に東京本社まで来てください。夜行バス?ご無理なさらないでください。新幹線代はこちらで出しますので」と。内定をもらった訳ではないのに、いきなり費用負担の本社面接って…正気か?太っ腹か?仙台―東京間の新幹線代って結構高いよ?

 

 で、クリスマスに東京に行き、いきなり社長&役員面接を受ける。あれこれ質問責めされた後に、入社条件として①最低3カ月間、東京に住んで本社研修を受けること(費用は会社負担)②全国転勤の可能性があることを確認された。転勤は今まで避けてきたが、外の世界を見て見分を広めることも地元・東北の社会貢献につながるんじゃないか(大した人材じゃないお前が何を言う)と思い「チャンスをいただけるのであれば、地元である東北の復興・発展に思いを馳せつつ新天地で精進させていただきます」半分ハッタリで回答した。

 今年でアラサーのサーになるが、いつまでも地元でケツに根っこ生やし続けていると、地方に生息するただのBBAになってしまう。人生、いつ挑戦したかで生き方に差が出るだろうし…。

 

 結果、その場で内定を頂戴した。なかなかブレイブのある会社である。私との相性は良さそうだ。

 で、2月1日からしばらく東京で暮らすことになった。当初は1月入社を狙っていたが、普段はおとなしい派遣会社の担当者から「はぁ?お前契約書読んだろ?退職手続きは面倒見てやっから、1月末までの契約期間だけはきっちり守れやゴルァ!!」とめちゃくちゃ叱られたので断念した。現職場、派遣会社、そしてこれからお世話になる会社の皆さん…全方面にご迷惑をおかけしていることをお詫び申し上げる。

 

 今週、いよいよ向かうことになる。東京は親戚の家に遊びに行ったり、修学旅行やイベントでちょっと寄った程度の経験しかない私がどう生きていくのかお楽しみに。

 

 面接行ったついでに寄り道したけど内緒ね。 

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