スーパーいわちゃんねる!

人類総岩崎化を目論む平成元年生まれの岩崎が、全国19万人の岩崎さんと1億人ちょいの岩崎さんじゃない人に向けて更新中。

2019年を振り返ろう

 2019年も終わる。

 今年はどんな1年だったか…実を言うと、上京前の出来事や自分のコンディションがあまり思い出せない。

 ブログに書いたりSNSで叫んだり、人に話したりしてるので、ある程度は覚えているし思い出せるが…それらがホントに私の身に起きた出来事であるという実感が沸かない。誰かに言われてたり、ブログ・SNSを見返したりしても「それ誰の話?…私?」って感じ。

 私は割と記憶力がよいタイプだ。昔からはどーでもいいことばかり覚えており、いつもなら人よりもあんなことやこんなことを鮮明に思い出せるはずなのに、今年に至っては例えるなら「記憶にモヤがかかっているような状態」が続いている。あと「誰にも言ってない話、ブログにも記していないエピソード」といった類(たぐい)のものが絶対にあるはずだが、それもはっきりと思い出せない。…まぁ、無理に思い出すこともないだろう。

 というわけで、このエントリは上京後の話が中心になってしまうがご容赦いただきたい。

 

 一言で表すと「東京最高」である。もうそれしかない。自分でも驚くほど毎日ニコニコしながら過ごしている。そりゃあ、生きていれば辛いことや悲しいこと、ショッキングな出来事は多少は起きるさ。ただ、それって仙台にいても経験したであろうことばかりで、それを差っ引いた時に残るものが仙台と全然違う。トータルでQOL(クオリティ・オブ・ライフ)が向上した実感がある。

 何度か紹介している「猫がたくさんいる公園」のベンチに座っていると、いろんな人を見かける。昼間は猫と学生がいたり、夜になるとスケボーで遊ぶ若者やイチャイチャしているカップルの隣で仕事帰りのサラリーマンがタバコ吸ってたり、隅でホームレスが身体を横にして休んでたり、週末によくイベントが開かれていたり…と、とにかく平日休日・昼夜を問わず多種多様な人たちが出入りする。ある日、ふと「この公園は東京を凝縮した場所である」と気付き「みんな、ここにいていいんだ」というのがわかった瞬間、なんだか安心したのを覚えている。

 仙台で変人扱いされていた私が、東京に来たら何か変わったかというとそうでもない。やっぱり私は私のままだった。しかし、私を見る人の目が変わった。東京人の「そういう人もいるよね」というメンタリティに救われた部分は大きい。上京以前からこのような雰囲気だったのかはわからないが、少なくとも多様性を享受する風潮が叫ばれる昨今、日本の首都ではそれが着々と浸透していっているのを感じている。それが、一部地方民がよく言う「東京の人って冷たい」の正体のひとつかも知れない。人の心に土足で踏み込まない・不必要なお節介を焼かない・適度な距離を保って人間付き合いをする…など、私としては何不自由なく快適でしかないのだが。

 よく「アメリカは自由の国」と言われているが、地方出身者から見たら東京も十分自由なところである。選択肢が無数にあり、多様性に富んで、可能性を信じて挑戦できる。努力次第では有名人とも知り合えるし、学べるし、次につなげることもできる。地方にはそれがない。この差は大きい。楽なことばかりではなかったが「本当に仙台を出て良かった」と心から思っている。気に入りすぎて帰省がかったるくて仕方がないが、協力・応援してくれた家族と一握りの友人知人だけには少しでも恩を返さないと…という気持ちもあるので、ほんの少しの辛抱だ。

 では、その東京で2020年をどんな1年にしたいか。それは年が明けてから…とさせていただきたい。ちょっと考える時間がほしい。

 

 では良いお年を。