スーパーいわちゃんねる!

人類総岩崎化を目論む平成元年生まれの岩崎が、全国19万人の岩崎さんと1億人ちょいの岩崎さんじゃない人に向けて更新中。

交通に関する出来事を紐解いて人生がちょっとわかった気になるエトセトラ

降車駅のその先は

 電車に乗っていると隣に知らない人がいる。目的の方面は同じだ。次の駅で停車し、また次の駅で停車してもその人は降りない。終点に着き、私が降りようと鞄を持ち直したところでその人は我先にと足早に降りて行った。

 その人と私が目的とする駅は同じだった。しかし駅の改札を出たその人は私と逆の方向に進んでいった。「同じ電車に乗っているから、目的地も同じとは限らない」という当たり前のことであるが、意外とこのことを自覚している人は少ない。

 なぜこの話を書こうと思ったか。それは共通点があるだけで「仲間」「身内」と判断して馴れ馴れしく接する人がいるからである。「相手と自分は違う」という義務教育の道徳の授業で死ぬほど習ったはずなのに。「人間関係で悩んでいる人向けの書物に必ず書いてあることなのに。

先へ先へ?

 「少しでも先に進みたい」という気持ちはわかる。だが、周囲の人間に「退け!」と言わんばかりにオラオラ系で進もうとする人はどうかと思う。そういう人に限ってさっき私を必死で追い越して行ったのに、赤信号で足止めされ結局私に追いつかれることがままある。早いからといって必ずしも有利になるとは限らないし、世の中のルールやらなんやらに足止めされてひたすら待たなければならないこともある。

 ただ、もしもその人の運が良かったら、青信号が赤に変わるギリギリのところで向こう側に進めたかもしれない。そのチャレンジ精神は認める一方で「そこでそんなにエネルギー使う必要あった?」とも。知っている人は多いと思うが、車は一定速度で走るよりダッシュ&急ブレーキ、そしてまたダッシュ!という運転をする方がガソリンを消費する。その辺は個人の自由だからこれ以上の言及は控えるが、エコという概念が標準となった現代社会においてエネルギーの使いどころは考えたい。

ルールは何のために

 車が通っていない横断歩道で赤信号だった場合、信号無視して横断して良いか否かという話。赤信号で横断歩道を渡るのは「ルール違反」であるが、それでも渡る人はその行為のリスクヘッジをきちんと考えて行動しているはず。

 定められているルールは守った方がいいのか。大学時代のある授業と友人から「法律とは『こういうことをしたらこういう罰則が与えられますよ!』というルールだけであって、その行為そのものの善悪はまた別問題である」と教わった。今、私は「法哲学」というジャンル一つが成立するくらいの話を書こうとしているが、専門ではないのでこの辺にしておこう。

 ルールは守る人は守っているなりのことが起きて、破った人には破ったなりのことが起きる。それがいいか悪いかは「違反した」という事実の物差しだけでは測れないようだ。