スーパーいわちゃんねる!

人類総岩崎化を目論む平成元年生まれの岩崎が、全国19万人の岩崎さんと1億人ちょいの岩崎さんじゃない人に向けて更新中。

最近のメディアってヤツは

 以前「いいWeb記事だったのでコメントを入れたら、 次に訪れた時にコメントする欄が丸ごと削除された」という出来事があった。

www.super-iwachannel.com

 最近も似たようなことが起きた。あるメディアのメルマガが良記事だったので感想を送ろうと記載されている意見送信先アドレスにメールを送信したら、宛て先不明で戻ってきてしまった。仕方がないので運営社の問い合わせフォームにそのことを知らせたら返信はなかった。しかし、次に送られてきたメルマガから意見送信先アドレスがまるっと削除され「次回もお楽しみに!」という趣旨の文言で締め括られていた。まるで「俺らの内容に文句言うんじゃねーぞ!」と言っているようだった。

 このメディア2カ所は「情報は発信するだけの一方通行で良し」と思っているのだろうか。一体どうやって読者からの反応を観測しているのだろう。PV(アクセス)数で見ているなら、PV数の伸び=好評価とは必ずしも言えないことは理解してほしいところ。ではSNS上の発信を吸い上げているのか?だとしても鍵アカの人がいるから全てを拾うことは難しいし、応援の意を直接伝えようとしてくれている=媒体のコアなファン(になり得る人)を貶めていることにもつながりかねない。

 メディアとは読者ありきの存在だが、上記のような一方通行では誰のためのメディアかわからなくなるじゃないか。内容は二の次で、まず意見をいただけることに感謝して受け止めなければならない…というのがメディアの前提条件であり心持ちではなかったのか。大衆に向けて発信するとはそういうことだと思っているし、私が身を置いてきたメディア業界は古い考え方のところが多かったが、コメント欄削除によって読者が意見を投げかけられる窓口を限定・排除することが新しくて正しいとも思わない。

 もしかすると、意見をもらうと担当サイドに迷惑がかかる仕組みになっている?批判的な意見が●個出たら減給!!…とか。

 お問い合わせフォームに送るのは入力項目が多くて手間がかかる。そこから意見を収集するつもりでいるなら絶対にやめた方がいい。また、雑誌などに付属するアンケートハガキは大体1冊に1枚。だからシンプルに考えて1人1回しか出せないことになるし、スペースに限りがあるので言いたいことを全部書けるとも限らない。選挙じゃあるまいし、より多くの意見をもらえた方がプラスになるはずだ。だが何枚もハガキを出してもらうにはコストがかかり、届くまで時間がかかる。で、ハガキを出した後でもコミュニケーションが図れる、ライトな投書先としてWebコンテンツのコメント欄はあった方がいいと思う。

 私はこのブログのコメント欄を承認制にしているが、

  • 返信するのに慎重にならなければいけないをいただいた場合、考える期間が欲しい(表示されっぱなしは避けたい)
  • 荒らし対策(古いインターネットの考え方ですね)

 というのが主な理由である。また「コメント返し」というインターネットカルチャーが当たり前の時代に育ったので、コメントをいただいたら返信しないと「いずい(仙台弁でしっくりこない)」と感じる。そのため、返信すると同時に元コメントを公開するというスタンスでいる。

 何はともあれ、個人だろうと企業だろうと、どのメディアにも「いつでも良い反応をいただけるよう善処しなければならない」ということだけは共通している。